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京都地方裁判所 平成8年(ワ)2616号 判決 1999年5月28日

京都市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

島﨑哲朗

山下信子

東京都中央区<以下省略>

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

吉川哲朗

主文

一  被告は原告に対し、一三八二万九〇二八円及びこれに対する平成八年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その七を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、一九三二万三六〇九円及びこれに対する平成八年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告とのワラント取引により損害を被ったと主張し、不法行為に基づく損害賠償として、右金額及びこれに対する不法行為以後の最終取引日である平成八年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実等

1  原告が被告京都支店で行った証券取引の概要は、次のとおりである。

(一) 原告は平成四年一二月三日、現金六〇〇万円と関西電力株一四〇株を持参して被告京都支店を初めて訪れ、最近相続した財産があることを告げて取引口座の開設手続をした。原告の応対をしたのは、投資相談課のB(以下「B」という。)である。

(二) 原告は平成四年一二月四日、Bの勧めに従い、ミサワホーム株を単価一〇六〇円と一〇七〇円で一〇〇〇株ずつ合計二〇〇〇株買い付け、日本石油株を単価五九四円で五〇〇〇株買い付けた。

(三) 原告は平成四年一二月七日、右(二)の株式を買い付けた残金で、京成電鉄株を単価七六八円で一〇〇〇株買い付けた。

(四) 原告は平成四年一二月二一日、現金一二〇〇万円を持参して任天堂株を単価一万一二〇〇円で一〇〇〇株買い付け、Bの勧めに応じて翌二二日、CSK株を単価二三九〇円で一〇〇株買い付けた。

なお、右買付残金のうち五〇万円は、同月二二日中に被告から原告の預金口座に振り込まれている。

(五) 原告は平成四年一二月二九日、被告京都支店を訪れ、「外国証券取引口座設定約諾書」と、ワラント取引説明書の最終頁に編綴されている「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名押印してBに交付した。

(六) 原告は平成五年一月二五日、Bの勧めたいくつかのワラントのうちミサワホームワラントを購入することとし、前記日本石油株を単価五八六円で全部売却し、同ワラント(権利行使期限は平成七年一一月二八日)を四・五〇ポイントで一〇〇ワラント買い付けた。

(七) 原告は平成五年一月二六日、Bの勧めに従い、ミサワホーム株全部を単価九三一円で、京成電鉄株全部を単価七二一円で、関西電力株のうち一〇〇株を単価二二四〇円で、残り四〇株を単価二二五〇円で、CSK株全部を単価二一〇〇円でそれぞれ売却して、三協アルミニウムのワラント(権利行使期限は平成七年七月四日)を二・〇〇ポイントで一〇〇ワラント、ダイセル化学工業のワラント(権利行使期限は平成七年八月八日)を五・〇〇ポイントで七〇ワラントそれぞれ買い付けた。

なお、原告は翌二七日、外国口座管理料七四一六円、右取引の不足金四万〇七二九円を現金で持参している。

(八) 原告は平成五年三月八日、現金五一一万円を持参してNTT株を単価七二万二〇〇〇円で七株買い付けた。

(九) 原告は平成五年三月一九日、現金五〇〇万円を持参して任天堂株を単価九八六〇円で五〇〇株買い付けるとともに、Bの勧めに従い、ミサワホームワラント全部を四・七五ポイントで、ダイセル化学工業ワラント全部を六・二五ポイントでそれぞれ売却した。

(一〇) 原告は平成五年三月二六日、右(九)のワラント売却代金で、セガエンタープライズ株を単価九四七〇円で三〇〇株、単価九四八〇円で二〇〇株、合計五〇〇株買い付けた。そして同月三〇日、被告から原告に対し、右取引の残金四二万五四七三円が振り込まれた。

(一一) 原告は平成五年四月一二日、セガエンタープライズ株のうち二〇〇株を単価九五三〇円で売却し、同月一四日には、三協アルミニウムワラント全部を二・七五ポイントで売却して、東洋エンジニアリングのワラント(権利行使期限は平成九年三月一八日)を二五ポイントで一〇ワラント買い付けた。そして同月一五日、被告から原告に対し、右取引の残金一八六万〇六〇九円が振り込まれた。

(一二) 原告は平成五年四月二六日、現金五〇〇〇円を持参し、同月二八日、セガエンタープライズ株の残り三〇〇株を単価一万〇二〇〇円で売却する一方、日新製鋼のワラント(権利行使期限は平成八年四月一八日)を四・〇〇ポイントで一三〇ワラント買い付けた。

(一三) 原告は平成五年五月七日、任天堂株のうち五〇〇株を単価九七二〇円で売却する一方、阪急百貨店のワラント(権利行使期限は平成八年三月一四日)を七・七五ポイントで八〇ワラント買い付けた。

(一四) 原告は平成五年五月一一日、任天堂株のうち三〇〇株を単価九六六〇円で、一〇〇株を単価九六五〇円で、一〇〇株を単価九六九〇円で、三〇〇株を単価九六六〇円でそれぞれ売却して、住友重機械工業のワラント(権利行使期限は平成八年二月二〇日)を一二・五〇ポイントで一〇〇ワラント買い付けた。

(一五) 原告は平成五年五月一二日、任天堂株の残り二〇〇株を単価九六八〇円で売却する一方、日新製鋼のワラント(権利行使期限は平成八年四月一八日)を四・七五ポイントで九〇ワラント追加して買い付け、被告から原告に対し、右取引の残金一三七万五〇九七円が振り込まれた。

(一六) 原告は平成五年五月三一日、NTT株二株を単価九七万五〇〇〇円で売却した。そして同年六月三日には、阪急百貨店のワラントを九・二五ポイントで、同年四月二八日に買い付けた日新製鋼ワラントを四・五〇ポイントでそれぞれ売却して、熊谷組のワラント(権利行使期限は平成七年八月八日)を八・七五ポイントで一四〇ワラント買い付け、被告から原告に対し、右取引の残金一九三万四六九二円が振り込まれた。

(一七) 原告は平成五年六月一六日、NTT株一株を単価九三万五〇〇〇円で売却し、同月二一日、被告から原告に対し、一二二万八八五二円が振り込まれた。

(一八) 原告は平成五年七月五日、NTT株四株を単価八七万八〇〇〇円で売却し、同月八日、被告から原告に対し、三四三万〇八四三円が振り込まれた。

(一九) 原告は平成五年九月二八日、東洋エンジニアリングのワラント全部を一五ポイントで売却し、同年一〇月一日、被告から原告に対し、七七万六一五三円が振り込まれた。

(二〇) 平成六年一一月ころ、Bが松江支店に転勤となり、原告の担当はC(以下「C」という。)に替わった。

(二一) 原告は平成七年六月三〇日、熊谷組のワラントを〇・〇一ポイントで売却した。

(二二) 原告は平成八年一月一八日、住友重機械工業のワラントを〇・〇一ポイントで売却した。

(二三) 原告は同年三月一五日、平成五年五月一二日に追加して買い付けた日新製鋼のワラントを〇・〇一ポイントで売却した。

2  本件各ワラントの取引による原告の利益又は損失の額は、次のとおりである。

(一) ミサワホームワラント 一三万四七〇八円の損失

(二) 三協アルミニウムワラント 二七万四六九五円の利益

(三) ダイセル化学工業ワラント 三〇万〇〇〇二円の利益

(四) 東洋エンジニアリングワラント 六五万〇九七七円の損失

(五) 日新製鋼ワラント(平成五年四月二八日買付分) 一三万七三五六円の利益

(六) 阪急百貨店ワラント 四五万〇二七〇円の利益

(七) 住友重機械工業ワラント 七〇一万六七〇四円の損失

(八) 日新製鋼ワラント(平成五年五月一二日買付分) 二三九万三六二六円の損失

(九) 熊谷組ワラント 六六二万七五九四円の損失

二  原告の主張

1  本件各ワラントの勧誘行為等には次のような違法がある。

(一) 適合性原則違反

原告は中学卒業後、電機会社従業員を経て二一歳の時に陸上自衛隊に入隊し、五年間の任期終了後、室町の呉服問屋店員、バスの運転手に従事し、本件各ワラントの取引当時は呉服問屋の入出荷の点検業務に従事していた。経歴からわかるように原告は、運用の元手となる資産を手にしたこともなく、証券取引とは無縁の慎ましい生活を送ってきた者で、平成四年一二月に被告京都支店を訪れるまでは、株式取引の経験も全くなかった。原告がそれまで敷居をまたいだことさえなかった証券会社を訪れ、株式取引を行おうと考えたのは、養母の遺産を相続したことにより初めて大金(約三〇〇〇万円近くの預貯金)を手にし、銀行預金の金利が低いので、遺産をそのまま預金しておくよりは、安定した大きな企業の株を持っていたほうが安全かつ多少効率がよいだろうと考えたからであって、株式取引を銀行預金の延長線上にとらえていたのである。

ところが、原告を担当したBは、「投資するのに学歴はそんなに関係ないと思って」、原告の学歴については「一切聞いていない」し、「株式取引をやってましたよということですんなり聞き流し」、原告の株式取引の経験がいつごろのことであったのか、何年くらい、どの証券会社で取引していたのか一切聞くことなく、原告が任天堂株を多数購入したのを見て、「そんな経験ない方がいきなり任天堂一万何千もしている株を一〇〇〇株ぽんと買うというのは、ないんじゃないかなと。僕の勝手な解釈かもしれませんけれども、すごいな結構やられてたんだなというふうに判断し」て、「それ以上に確認しようとは思わなかった」ものである。

右のとおりBは、原告の学歴、取引経験の程度・内容等について一切確認することなく、原告に本件各ワラントの買付けを勧誘したものであり、適合性原則に違反することは明らかである。

(二) 全般的な説明義務違反

証券会社及びその使用人は、投資家に対して証券取引の勧誘をするに当たっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該証券取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて当該の証券取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(説明義務)を負うものというべきである。

しかるにBは、その証言内容を前提としても、原告の職歴や学歴、投資経験に全く関心を払っていないし、原告に説明したという内容も、「ワラントというのはたくさんの株を買ってることと同じですから、変動幅、当然大きくなりますよ」とか、「株が上がってワラントが一〇上がるような商品であれば、当然同じように株が一下がれば一〇下がるような商品性になるのが当然ですという風な話はしました」というように、単に株価が上がればワラントも上がるとの安易な理解を前提とし、株価が上がってもプレミアムが減少してワラント価格が下がる場合のあることを看過している。また、相対取引であるワラント取引においては、他の証券会社に買い取ってもらうには「移管」の手続が必要で、これに約二週間を要することや、為替変動の意味内容についても十分説明しておらず、原告に対し、ワラントに関する正しい理解を形成させるだけの十分な説明をしていない。

(三) 原告が平成五年五月一一日以降に買い付けた三銘柄のワラントについての説明義務違反

ワラントを買い付け、権利行使するためには、買付コストに権利行使価格を加えた金銭が必要となるから、権利行使時に株価が右の合計額を上回らなければ権利行使は全く無意味である。したがって、買付時に株価が権利行使価格を下回っている場合には、権利行使価格に買付コストを加えた金額まで株価が上昇する見込みがなければ、権利行使のためにワラントを購入することは無意味であり、それだけの株価上昇の期待が必要であるところ、原告が平成五年五月一一日以降に買い付けた三銘柄のワラントについてこれをみると、住友重機械工業ワラントでは二六パーセント、日新製鋼ワラントでは七八パーセント、熊谷組ワラントでは三一パーセントといった著しい株価上昇が必要となる。

また、権利行使を前提としない短期、中期の取引の観点からみても、日新製鋼ワラントは買付単価が四・七五ポイント、熊谷組ワラントは買付単価が八・七五ポイントで、投資対象としては短期的にも中期的にも最も不向きなものであり、住友重機械工業ワラントも権利行使価格が五七三円であるのに対し、買付時の株価は五〇五円で、プレミアムのみによりワラント価格が形成されており、投資対象としては不適格なものであった。

したがって、証券会社及びその使用人としては、右三銘柄のワラントについては、前記以上にその危険性を十分に説明する義務があるところ、Bは、権利行使を前提とした取引について何らの説明をしておらず、権利行使を前提としない取引についても、単に一般の株式を勧めるのと同様な説明をしたのみで、マイナスパリティのワラントの持つ危険性について十分な説明をしていない。

(四) 右三銘柄のワラントの売却後の助言義務違反

右三銘柄のワラントは、外貨建ワラントの持つ一般的な難解性、危険性に加えて右(三)に述べたような高度な危険性を具有していたところ、原告との取引においては、原告が特に希望した任天堂株、セガエンタープライズ株、NTT株及び京成電鉄株の買付け並びにセガエンタープライズ株のうち二〇〇株の売却以外は、すべてBが具体的銘柄を原告に示して購入させた上、その処分の時期も専らBが判断して行っており、Bにおいても原告が適切な売却時期等の判断をなし得ないことを認識していたのであるから、Bとしては、右三銘柄のワラントを購入させた後も、株価やワラント相場の動向、パリティ、プレミアム、その乖離率等ワラント特有の投資判断の素材となる基礎情報を提供し、特にそれらから帰結される右三銘柄のワラントのその時点における危険性を知らしめる必要があり、ワラント価格が急落し、近く急上昇する好材料がない場合には、値戻しの見通しが暗いことを知らせる義務があったというべきである。

しかるにBは、右三銘柄のワラントを購入させた後は原告に対して何らの連絡をせず、Bの後任のCも、原告に対して売却を助言することもワラントの情報を伝えることもなかった。

2  原告の損害額

(一) 本件各ワラントの取引による損失額の合計 一六八二万三六〇九円

(二) 弁護士費用 二五〇万円

三  被告の主張

1  Bによる本件各ワラントの勧誘行為に何らの違法はない。

(一) 適合性原則違反について

原告は、被告との取引の当初から、Bに対して「以前にも株式取引の経験がある」旨述べていただけでなく、取引開始後も、新聞で株価の動向を注目したり、被告京都支店に度々立ち寄って備付けのボードにより株価を確認したり、担当者との間で相場状況を相談するなどしており、株式取引に熱心であった。また、原告は、平成四年一二月二一日に現金一二〇〇万円を持参して任天堂株を買い付けるに当たっても、自ら任天堂の業績や株価の動向を調べて「伸びるんじゃないか」とか「株価が上がるだろう」と述べていた。

これらの点からすれば、原告は、情報収集の方法を熟知し、自らの判断で買付又は売却の取引をなす十分な能力を有していたものであり、このような原告にBがワラントを勧誘したことに適合性原則に違反する点はない。

(二) Bは、次のとおり本件各ワラントについて十分な説明をしている。

(1) Bは平成四年一二月二一日ころ、被告京都支店の店頭において、原告に対し、ワラント取引説明書の中身を示した上、①ワラント取引が株式を買う権利を売買するものであること、②権利の行使期間が決まっていて、その期間が過ぎると価値がなくなり、ゼロになること、③お客様と証券会社である野村証券との相対取引であること、④ワラントの価格の決まり方や、その変動幅が株価よりも大きいこと、その価格が日本経済新聞で公表されていること、⑤外貨建のため為替の影響を受けることがあることなどを計算機を使用しながら、また、価格表や価格推移表を示しながら、約四〇分間にわたり詳細かつ具体的に説明した。

原告は、Bの「どうされますか」との問いかけにも即断せず、「もうちょっと勉強するわ」という感じで右説明書を持ち帰り、同年一二月二九日に至ってワラント確認書を提出したものであるが、原告自身、ワラントには期限があってハイリスク、ハイリターンであり、ときには全額失うこともあると供述していることからすれば、原告がBからワラントに関する説明を受け、その商品性やリスク等について十分に理解していたことが明らかである。

(2) 原告は、住友重機械工業ワラント等三銘柄のワラントが高度な危険性を有していたとして、その高度な危険性についての説明義務違反を主張するが、次に述べるとおり、右主張は失当である。

すなわち、ワラントは、権利行使価格で株式を買うことのできる権利であり、権利行使期間内に株価が権利行使価格を上回る可能性を持つことがその価格の本質である。ワラントの発行条件が決まった後の株価は、上がることもあれば下がることもあるので、ワラントは、株価が権利行使価格を上回っている状態、すなわち理論価格(パリティ)がプラスの状態であることが通常であるわけではない。株価が権利行使価格を下回っているときでも、株価が権利行使価格を上回る可能性が存在する限り、権利行使期限の到来前はワラントの価値が存在するものであり、株式相場の変動に伴ってワラントの価格も上下し、ワラントの売買により利益を得る機会があるのであって、実際原告も、一〇ポイントを下回る単価で買い付けた三協アルミニウムワラント、ダイセルワラント等の売買で高率の利益を上げていたのである。

したがって、権利行使期限までの残期間が多少短いことや、買付単価が一〇ポイント以下であるからといって、直ちに投資対象として不適格となったり、特に危険性が高いとはいえない。

(3) また、原告は、右三銘柄のワラントの売却についての助言義務違反を主張するが、仮に右助言義務が存したとしても、原告は、Bからワラント取引説明書等に基づき説明を受けた後、同説明書を持ち帰り、数日間じっくり検討した後で初めてワラント取引確認書を提出したり、Bの勧めに対しても「相場環境を見ながらタイミングを見てしたほうがいいんじゃないか」と言ってこれを断る等、自己の判断で投資決定をしていたものであり、Bの勧誘に盲従していたわけではない。一方、Bは、平成五年九月二八日に原告が保有していた東洋エンジニアリングのワラントを売却するまでは一週間に一、二度の割合により、定期的に原告に手持のワラントの動きを報告していたし、それ以後も最初のうちは電話で連絡しており、また、三か月に一度は被告から原告に「時価評価のお知らせ」を送付していたのであるから、右助言義務に違反した事実はない。

2  損害額に関する原告の主張は否認ないし争う。

五  争点

1  原告の主張する義務違反の有無

2  原告の損害額

六  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録の各記載を引用する。

第三争点に対する判断

一  認定事実

前示争いのない事実等に、証拠(各項中に摘示したもの)を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定に反する証人B及び証人Cの証言並びに原告本人の供述は、採用することができない。

1  原告は中学校卒業後、電機会社に勤め、二一歳の時に陸上自衛隊に入隊して約五年間勤めたのち、京都室町の呉服問屋の店員やバスの運転手として稼働し、平成四年一二月当時はa染織という呉服問屋で入出荷の点検業務に従事していた。原告は平成四年一二月当時、京都新聞を購読しており、その株式欄で上場企業の株価の上がり下がりぐらいは目にしていたが、被告との取引を始めるまでに他の証券会社等で証券取引をした経験は全くなかった。(原告本人の供述)

2  原告は平成四年一二月三日、同年一一月に約三〇〇〇万円の預貯金を相続していたことから、現金六〇〇万円と関西電力株一四〇株を持参して被告京都支店を初めて訪れ、最近相続した財産があることを告げて取引口座の開設手続をした。Bは、株式投資をしたいという原告の意向に従って複数の銘柄を勧め、原告もこれに従って、争いのない事実等1(二)、(三)のとおりの株式を買い付けた。(乙第三号証、証人Bの証言、原告本人の供述)

3  原告は平成四年一二月二一日、現金一二〇〇万円を持参して任天堂の株式を買いたいと申し出、Bを通じて同日中に単価一万一二〇〇円で一〇〇〇株買い付け、翌二二日にもBの勧めに応じて、CSK株を単価二三九〇円で一〇〇株買い付けた。(証人Bの証言、原告本人の供述)

4  Bは平成四年一二月二一日、原告が現金一二〇〇万円を持参して任天堂株の買付けを申し出たことから、「そんな経験ない方がいきなり任天堂一万何千もしている株を一〇〇〇株ぽんと買うというのは、ないんじゃないかなと。僕の勝手な解釈かもしれませんけれども、すごいな結構やられてたんだなというふうに判断し」て、原告の学歴や過去の証券取引経験の内容については具体的な事情を一切聴取しないまま、原告に対してワラントの購入を勧めた。Bはその際、海外旅行へ行った日本人が海外でワラントを買って帰ってきたときには、もう数倍になっていたという例え話をし、「いまがワラントを買う絶好のチャンスです。三か月までの勝負です」などと言ってワラントの購入を勧めるとともに、ワラント取引説明書を示しつつ、ワラント取引は株式を買う権利を売買するものであること、権利の行使期間が決まっていて、その期間を過ぎると価値がなくなること、証券会社である野村証券との相対取引であること、ワラント価格の変動幅は株価の変動幅よりも大きいこと、その価格が日本経済新聞で公表されていること、外貨建てのため為替の影響を受けることを説明した。しかし原告は、Bの説明にもかかわらず、ワラント取引に消極的な姿勢を示し、右説明書を持ち帰るにとどまった。

なお、右説明書には、「ワラントのリスクについて」として、①ワラントは期限付の有価証券であり、権利行使期間が終了してしまうと、その価値がなくなるという性格の有価証券です、②ワラントを買い付けた場合は、所定の権利行使期間内にワラントを売却するか、新株引受権を行使してその発行会社の株式を引き受けるかの選択を行わなければなりません、③ワラントの価格は株価の動きに影響を受けることは当然ですが、一般的にその変動率は株価の変動率に比べて大きくなる傾向があります、④外国新株引受権証券を売買する場合は、前記の留意点のほか、為替変動による影響を受けることがありますので、外国為替相場を考慮に入れる必要があります等の記載がなされていた。(乙第六号証、証人Bの証言、原告本人の供述)

5  Bはその後、電話で何度か原告にワラントの購入を勧めていたが、原告は平成四年一二月二九日、Bの求めに応じて被告京都支店を訪れ、外国証券取引口座設定約諾書(乙第四号証)のほか、国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書又は外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書(同第六号証)の末尾に編綴されている国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書(同第五号証)に署名押印してBに交付した。しかし、この日も原告がワラントを買い付けることはなかった。(証人Bの証言、原告本人の供述)

6  Bはその後も、電話で何度か原告にワラントの購入を勧め、平成五年一月二五日には、Bの求めに応じて来店した原告に対し、ミサワホーム、ダイセル化学工業及び三協アルミニウムの三銘柄を挙げて、ワラントの購入を勧めた。Bはその際、原告が買い付けたミサワホームの株価が当時やや下がっていたことから、「ワラントのほうが効率がよい」「私に任せておいてくれれば大丈夫です。三か月が勝負です」などと言って購入を勧め、その結果、日本石油株を全部売却して同ワラントを買い付けることについての原告の賛意を得て、同ワラントを四・五〇ポイントで一〇〇ワラント買い付けた。

Bは、右のようにして原告との間でミサワホームワラントの取引を成立させたことから、翌二六日再び原告に電話をかけて来店を求めた。そして、右求めに応じて来店した原告に対し、「本当にいいんですよ」と言ってワラントの購入を勧め、資金がないからと言って渋る原告に対しては、「ミサワホームのワラントを買った以上、投資効率から考えると、ミサワホームの株を売却してワラントに乗り替えたほうがいい」などと言って、三協アルミニウムとダイセル化学工業のワラントの購入を勧めた。その結果、原告はBの勧めに従い、ミサワホーム株全部を単価九三一円で、京成電鉄株全部を単価七二一円で、関西電力株のうち一〇〇株を単価二二四〇円で、残り四〇株を単価二二五〇円で、CSK株全部を単価二一〇〇円でそれぞれ売却して、三協アルミニウムのワラントを二・〇〇ポイントで一〇〇ワラント、ダイセル化学工業のワラントを五・〇〇ポイントで七〇ワラントそれぞれ買い付けた。(証人Bの証言、原告本人の供述)

7  原告は平成五年三月八日、現金五一一万円を持参してNTT株を買いたいと申し出て、単価七二万二〇〇〇円で七株買い付けた。そして同月一九日には、現金五〇〇万円を持参して任天堂株の追加購入を申し出、単価九八六〇円で五〇〇株買い付けた。しかし、その際Bから、ミサワホームとダイセル化学工業のワラントがわずかながら上がっているとして、売却して利益を得ることを勧められたので、ミサワホームワラント全部を四・七五ポイントで、ダイセル化学工業ワラント全部を六・二五ポイントでそれぞれ売却した。(証人Bの証言、原告本人の供述)

8  原告は平成五年三月二六日、右のワラント売却代金でセガエンタープライズ株を買いたいと申し出た。Bはこれに対し、NTT関連のフジクラや東洋エンジニアリングのワラントの購入を勧めたが、原告は、自らの希望を通して、セガエンタープライズ株を単価九四七〇円で三〇〇株、単価九四八〇円で二〇〇株、合計五〇〇株を買い付けた。(証人Bの証言、原告本人の供述)

9  原告は平成五年四月一二日、資金を必要とする事情が生じたと申し出て、セガエンタープライズ株のうち二〇〇株を単価九五三〇円で売却した。しかし、そのころBから、先に勧めたフジクラのワラントが値上がりしており、あのとき買っておけば利益が出ていたとして、更にワラントを買うよう勧められたので、原告は平成五年四月一四日、Bの勧めに従い、三協アルミニウムワラント全部を二・七五ポイントで売却して、東洋エンジニアリングのワラントを二五ポイントで一〇ワラント買い付けた。そしてこれと同様にして、原告はBの勧めに従い、平成五年四月二八日には、セガエンタープライズ株の残り三〇〇株を単価一万〇二〇〇円で売却して、日新製鋼ワラントを四・〇〇ポイントで一三〇ワラント買い付け、平成五年五月七日には、任天堂株のうち五〇〇株を単価九七二〇円で売却して、阪急百貨店のワラントを七・七五ポイントで八〇ワラント買い付けた。

また、平成五年五月一一日には、「これからは建設関連株がよくなるから株を全部売却してワラントに乗り替えましょう」というBの勧めに従い、任天堂株のうち三〇〇株を単価九六六〇円で、一〇〇株を単価九六五〇円で、一〇〇株を単価九六九〇円で、三〇〇株を単価九六六〇円でそれぞれ売却して、住友重機械工業のワラントを一二・五〇ポイントで一〇〇ワラント買い付け、平成五年五月一二日には、任天堂株の残り二〇〇株を単価九六八〇円で売却して、日新製鋼のワラントを四・七五ポイントで九〇ワラント追加して買い付け、さらに平成五年六月三日には、阪急百貨店のワラントを九・二五ポイントで、同年四月二八日に購入した日新製鋼ワラントを四・五〇ポイントでそれぞれ売却して、熊谷組のワラントを八・七五ポイントで一四〇ワラント買い付けた。(証人Bの証言、原告本人の供述)

10  原告は平成五年五月三一日、資金を必要とする事情が生じたと申し出て、NTT株二株を単価九七万五〇〇〇円で売却し、同年六月一六日にも同様の申し出をして、NTT株一株を単価九三万五〇〇〇円で売却し、さらに平成五年七月五日にも同様の申し出をして、NTT株四株を単価八七万八〇〇〇円で売却した。(証人Bの証言、原告本人の供述)

11  原告が平成五年五月一一日以降に買い付けたワラントのうち、住友重機械工業及び熊谷組のワラントは、購入直後に価格が急落し、平成五年六月二〇日ころには、日新製鋼のワラントを含めて更に急落した。原告は、平成五年七月三〇日付けで被告から送付されてきた「ワラント時価評価のお知らせ」を受け取って初めて、右三銘柄のワラント価格が急落し、五〇〇万円以上の損失が出ていることを知り、直ちにBに電話をかけて抗議をした。しかし、これに対するBの返事が、「まだ期限があるので持っていたほうがいい。心配いらない」「いま売ったら損になる」などというものであったため、Bの右言葉を信頼して、これらを売ることなく保有していた。ところが右三銘柄のワラントの価格は、その後も下降の一途をたどり、Bが原告に対して電話をかけてくることも、右のころから著しく少なくなっていった。(甲第八号証、乙第一二号証、証人Bの証言、原告本人の供述)

12  原告は平成五年九月二八日、前同様、資金を必要とする事情が生じたと申し出て、東洋エンジニアリングのワラント全部を一五ポイントで売却した。(証人Bの証言、原告本人の供述)

13  平成六年一一月ころ、Bは松江支店に転勤となり、原告の担当はCに替わった。Bは、転勤に当たり、原告の自宅及び勤務先に電話をかけて転勤の挨拶をしようとしたが、原告と直接連絡を取ることはできず、原告の妻に転勤する旨を伝えることができただけであった。その後原告は、被告京都支店に電話をかけてCに対し、「随分値下がりしているが、どうなるのですか」と尋ねたが、これに対するCの返事が、「まだ期間もあるし、上がるのを待つしかありませんね。何か異動があればお知らせします」というものであったため、Cの右言葉を信頼して、その後も右三銘柄のワラントを売ることなく保有していた。(証人Cの証言、原告本人の供述)

14  右のような経緯で原告は、右三銘柄のワラントを保有したまま時日が経過し、最終的に原告は、それぞれについてマーケットメイクが切れ、取引不能になる直前の時期(熊谷組のワラントについては平成七年六月三〇日、住友重機械工業のワラントについては平成八年一月一八日、平成五年五月一二日に追加して買い付けた日新製鋼のワラントについては平成八年三月一五日)にCから連絡を受けて、それぞれ〇・〇一ポイントで売却処分した。(証人Cの証言、原告本人の供述)

二  争点1について

1  ワラント(分離型)とは、一定の期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定の数量の新株を引き受けることのできる権利又はこれを表章した証券である。

ワラントの価格は、引受価格と株価の差額に相当する部分(パリティ)と、一定の期間内は株価が変動しても一定の価格で新株を取得できることに帰因する部分(プレミアム)とによって形成されるが、権利行使期間を経過するとその価値はなくなり、期間内であっても通常は権利行使期限が近づくことによりその価格は低くなる。また、株価の分散が大きければ大きいほどその価格は高くなり、株価の期待値が同じであっても分散が大きなもののほうが高く評価されて、ワラント価格の変動は株価の変動よりも激しくなり、外貨建てのワラントでは、為替レートの変動によっても価格が変動する。

ワラント価格が変動する要因は、抽象的には右のようにいうことができるが、権利行使期間という限られた期間内に、権利行使価格との関係でワラント価格がどのように変動するかを的確に分析して予測することは、一般投資家にとって、株式に直接投資する場合とは比較にならないほど多大な困難を伴うものである。実際、ワラント価格の変動率は、引受対象株式の株価変動率よりも著しく大きく、わずかの間に株価の値動きの数倍を超えて上下することがあるのみならず、その取引は、顧客と証券会社との相対取引で行われるものであって、ワラントを購入した顧客としては、現実には、証券会社に買い取ってもらう以外にこれを売却する方法がないから、見通しを誤ったときには、その投資資金全額を失うことになりかねない。

以上のようなワラントの商品特性のほか、一般投資家と証券会社との間には知識、経験、情報収集能力、分析能力等に格段の違いがあり、一般投資家は、当該証券取引に係る商品に関する高度で専門的な知識を有する者として証券会社を信頼し、その提供する情報、勧奨等に基づいて証券市場に参入し、証券取引を行っていることを考慮するならば、証券会社及びその従業員が、一般投資家に対してワラント取引の勧誘をするに当たっては、適合性の原則に従い、当該投資家の職業、年齢、投資目的、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該投資家にワラント取引を勧誘することが不適当ではないかを判断した上で、ワラント取引の右のような特徴、特質、重大な危険性について十分な情報提供や説明を行い、当該投資家がこれについての正しい理解を形成できるよう努めるとともに、取引後においても過大な損害を被ることのないよう価格情報の提供や処分時期について適切な助言を行うべき信義則上の義務を負うものというべきである。そして、証券会社及びその従業員が右義務に違反したために当該投資家が損害を被ったときは、不法行為を構成し、これに基づく損害賠償責任を免れないものというべきである。

2  そこで以下、このような見地から本件各ワラント取引における右義務違反の有無を検討する。

(一) 右一に認定したところによれば、原告は中学校卒業後、電機会社に勤め、二一歳の時に陸上自衛隊に入隊して約五年間勤めたのち、京都室町の呉服問屋の店員やバスの運転手として稼働し、平成四年一二月当時はa染織という呉服問屋で入出荷の点検業務に従事していた者であり、京都新聞の株式欄で上場企業の株価の上がり下がりぐらいは目にしていたが、証券取引の経験は全くなかったものである。そして、株式投資をしたいと言って被告京都支店を訪れたとはいうものの、Bがワラント取引の勧誘を始めるまでにした取引のうち、原告が自ら積極的に希望して買い付けたのは任天堂株だけで、その余の株はほぼすべてBから勧奨されるままに買い付けたものにすぎないし、被告との全取引を通じても、原告が自ら積極的に希望して買い付けたのは任天堂株、セガエンタープライズ株、NTT株といった有名企業の株だけで、他方、自ら積極的に指示をして売却したのも、資金を必要とする事情が生じた場合だけである。したがって、右のような原告の学歴や職歴、証券取引に関する知識・経験のなさ、投資傾向からするならば、そもそも原告は、前記のような特徴、特質、重大な危険性を有するワラント取引に適合しているとはいえず、Bが、原告の学歴や過去の証券取引経験の内容について具体的な事情を一切聴取しないまま、単に「任天堂一万何千もしている株を一〇〇〇株ぽんと買うという」事実から、「すごいな結構やられてたんだなというふうに判断し」たことには、証券会社の従業員として、到底合理的な理由があったとはいえない。

(二) もっとも、原告が平成五年一月二五日に初めてミサワホームのワラントを買い付けるまでの間には、前示のとおりBは、平成四年一二月二一日に、ワラント取引説明書を示しながら、ワラント取引は株式を買う権利を売買するものであること、権利の行使期間が決まっていて、その期間を過ぎると価値がなくなること、証券会社である野村証券との相対取引であること、ワラント価格の変動幅は株価の変動幅よりも大きいこと、その価格が日本経済新聞で公表されていること、外貨建てのため為替の影響を受けることを説明した上で、右説明書を交付して原告に検討の時間を与え、平成四年一二月二九日に至ってから、外国証券取引口座設定約諾書と、国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書の交付を受けている。

しかしながら、そもそもBは、原告の学歴や過去の証券取引経験の内容については具体的な事情を一切聴取しておらず、原告の理解力を前提とした説明をするようには全く意を用いていなかったのであるから、右のような項目的な説明の結果、証券取引に関する知識・経験の全くない原告が、どの程度の現実感をもって、ワラント取引の前記のような特徴、特質、重大な危険性を理解したかは必ずしも明らかではない。

実際原告は、Bから右のような説明を受けた後も、ワラント取引に関しては、銘柄、時期ともすべてBから勧奨されるままに買付けを行い、自ら資金を必要とする事情が生じた場合を除いては、その売却時期もすべてBの勧奨に従っていたのであって、このような取引経過からするならば、原告としても、ワラントには期限というものがあって、その期間中に売買をしなければならず、期限を過ぎると価値がなくなること、ハイリスク、ハイリターンの商品で、全額失うこともあることの認識はしていたが、証券取引に関する知識・経験のなさから、その現実感には乏しく、ワラント価格の形成のしくみはもとより、ワラント取引全般において、右期間内にどのような分析をして、どのような判断をすることが必要とされるのか、個別のワラントでは、どのような指標をみて売り買いの時期を判断するのかといった、自主的な投資行動をする上での基礎となるべき事情についても、ほとんど理解していなかったものと考えられる。

してみると、Bが右のような項目的な説明をしたからといって、証券取引に関する知識・経験の全くない原告に対する関係では、ワラント取引の前記のような特徴、特質、重大な危険性について十分な情報提供や説明を行い、原告がこれについての正しい理解を形成できるよう努めたものとは認め難く、その説明義務を尽くしたものとはいい難い。

(三) さらに、個別のワラント取引の関係では、右のような取引経過からみて、Bとしても、原告がその自主的な判断に基づいて適切な売却時期の決定ができないことは十分に認識していたはずであり、その証言によっても、権利行使期限までの残期間が一年を切ると、一般的にワラントの価格がかなり下がることも認識していたのであるから、価格が急落した住友重機械工業、日新製鋼及び熊谷組のワラントのうち、熊谷組ワラントについては残期間が一年となる平成六年八月の時点で、その余のワラントについても転勤の時点で、自ら又は後任のCに申し送るなどして、原告に対し、権利行使期限までの残期間が一年を切ると、一般的にワラントの価格がかなり下がる傾向にあることを伝え、売却を促すなどの助言を与えるべき義務があったものというべきである。

また、後任のCとしても、担当となった時点ですでに右三銘柄のワラント価格はかなり下がっており、熊谷組ワラントに至っては残期間が約八か月しかないことも認識していたのであるから、右同様、原告に対し、権利行使期限までの残期間が一年を切ると、一般的にワラントの価格がかなり下がる傾向にあることを伝え、売却を促すなどの助言を与えるべき義務があったものである。

しかるにBらは、右のような助言を与えなかったばかりか、原告に対し、「まだ期限があるので持っていたほうがいい。心配いらない」「いま売ったら損になる」とか、「まだ期間もあるし、上がるのを待つしかありませんね。何か異動があればお知らせします」と告げて期待を抱かせ、それぞれについてマーケットメイクが切れ、取引不能になる直前の時期まで原告の判断を遅らせた結果、その損害を更に拡大させたものである。

(四) 以上検討したところからすれば、Bの原告に対する本件各ワラントの勧誘行為並びにB及びCの勧誘後の行為は、証券会社及びその従業員が顧客に対して信義則上負う前記各義務に違反したものとして、不法行為を構成するものといわざるを得ず、被告は、B及びCの使用者として、民法七一五条に基づき、原告が本件各ワラントの取引により被った損害を賠償すべき義務がある。

三  争点2について

1  B及びCの右不法行為によって原告が被った損害は、本件各ワラントの取引全体を通じて被った損失額から、これにより得た利益額を控除した残額というべきところ、争いのない事実等2に摘示したところによれば、右残額は一五六六万一二八六円となる。

2  もっとも、原告が右のような損害を被ったことについては、Bの投資効率を強調した勧誘行為に乗せられて、Bから勧奨されるままに取引を進めていった面が強いとはいえ、ワラント取引を始める以上は、原告としても、交付された説明書の内容はもとより、他の方法でも適宜研究してその取引の特質、特徴、危険性について自ら正しい理解をするべく積極的に努力すべきであったのに、これをしなかった点で落ち度があり、また、平成五年七月三〇日付けで送付された「ワラント時価評価のお知らせ」を受け取った時点では、住友重機械工業、日新製鋼及び熊谷組のワラント価格が急落し、五〇〇万円以上の損失が出ていることを知っただけでなく、その後も三か月毎に送付されてくる「ワラント時価評価のお知らせ」によって、右のワラント価格が更に下がっていることを知りながら、いずれ何らかの連絡をしてくれるものと思い込み(乙第一三ないし第二二号証、原告本人の供述)、ただ漫然と過ごしてその損害を拡大させた点でも、原告自身に落ち度があることは否定できない。

したがって、原告に対する損害賠償額の算定に当たっては、原告自身の右過失を斟酌して相応の減額をせざるを得ないが、本件では、そもそもBにおいて、原告がワラント取引に適合するか否かの検討を十分にしなかったことが、原告に多大な損害を与える根本的な原因となっており、他の義務違反の点でもその違法の程度が決して軽度なものとはいえないことを考慮すると、原告の過失割合は、本件各ワラント取引の全体を通じて二割とするのが相当である。

3  原告が本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人らに委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約していることは、弁論の全趣旨により明らかであるが、本件事案の難易、審理の経過、認容額に照らすと、このうち一三〇万円の限度で、右弁護士費用も前記不法行為と相当因果関係のある損害と認める。

そうすると、被告は原告に対し、一三八二万九〇二八円及びこれに対する不法行為以後の平成八年三月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

四  結語

以上の次第で、原告の本訴請求は右の限度で理由があるが、その余は失当である。よって、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石原稚也)

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